気付けば空が明るくなっていた。エンジン音が弱くなり、カーブしながら坂を下っている感覚。どうやら高速を降りたようだ。しばらく停車・発車を繰り返していると「まもなく一ノ関駅に到着します」というアナウンスが入り、一ノ関駅に到着。早朝にも関わらず意外と降りる人が多い。窓際の席が空いたのでそちらへ移動、外の景色をぼんやりと眺める。バスは朝靄のかかる長閑な風景の中をのんびりと走り、千厩駅前に到着。ここでもパラパラと人が降りていった。少しの乗務員休憩を挟んで発車。大船渡線と何度もクロスしながらアップダウンを進むと市街地に入った。「あと5分程で気仙沼市役所前に到着します。定刻での到着です。昨日は冷房故障によりバスが遅れましてご迷惑をおかけ致しました。またのご利用心よりお待ちしております。」とのアナウンス。自分がウトウトしている間にも運転手は夜通し神経を張り詰めさせて運転していたのだろう。安全運転と定刻運転を遵守する長距離バス運転手に尊敬の念を覚えながらバスを降りた。
気仙沼市役所前はJR気仙沼駅から徒歩で15分程の場所にあり、途中コンビニで朝食を買って駅へと歩く。古い旅館などが残っており、よく言えば味がある、悪く言えばやや寂れている印象。途中で神社に立ち寄ったりしながら気仙沼駅に到着。待合室で座っていると改札が始まったので早速3番線へと向かい、盛行きの列車に乗り込んだ。ホームにはこの列車とほぼ同時刻に発車する一ノ関行きと前谷地行きも停車しており、こちらの列車の乗客はパラパラだが、隣の二つの列車は通学客でほぼ満席になっていた。
「気仙沼駅」

気仙沼駅を出ると列車は山間部へ。ここから先の区間は地図で見ると海に近い場所を走っているが、実際はあまり海は見えない。大船渡線の一ノ関〜気仙沼間はかなりカーブとアップダウンがきつい印象があったが、こちらの区間もそれは変わらないようで列車はエンジンを唸らせながら右へ左へダンスを踊る。停車駅ごとに学生が乗り込んできて車内が徐々に混みあってきた。大船渡が近づくとようやく海が見えてきた。自分の中で三陸の海は曇り空とリアス式海岸というイメージなのだが、この日もまさにその通りであった。今日こそは晴れてほしかったが仕方ない。盛市街に入ると複数の線路が寄り添ってくる。岩手開発鉄道と自分がこれから乗る三陸鉄道の線路だ。学生に続いて列車を降り、駅近くの跨線橋から駅構内を望む。高い所から見ると模型のようでちょっと面白い。構内には岩手開発鉄道の貨車が留置されていて、隅のほうに三陸鉄道の車両もちょこんと置かれていた。その後かつて旅客営業を行っていた岩手開発鉄道の盛駅などを見ながら駅の周りを一周して三陸鉄道の駅舎へ。三陸鉄道は国鉄再建法により廃止予定であった盛線・宮古線・久慈線と建設中の吉浜〜釜石・田老〜普代を引き受け、1984年4月1日に特定地方交通線の第三セクター化第一号として開業した。開業直後は黒字経営だったが少子化と沿線にあった病院の移転なども重なって赤字が続いており、財政的にかなり厳しい状況となっている。そこで切符と一緒に「三鉄赤字せんべい」買ってみた。赤字を食ってしまおうという涙ぐましいお菓子である。昼飯を確保するために電話をかけていると改札が開いた。
改札を通って3番線へ進むとしばらくして車庫から車両が出庫してきた。この列車は一日に2本ある盛〜久慈間(三陸鉄道南リアス線・JR山田線・三陸鉄道北リアス線)の163キロを通して運転する三陸縦貫列車だ。しかし乗客は数人、地方鉄道の厳しい現実をここでも目の当たりにする。盛を出て大船渡線・岩手開発鉄道と離れ高架線を進む。建設時期が比較的遅かったこともあり線形は非常に良く、車でいう高速道路のようだ。地方私鉄向けの軽快気動車が性能限界いっぱいで疾走するのはなかなかスリリング。山と海が入り組んだ三陸の海岸線を直線と連続するトンネルで一気に貫いていく。しかし乗客はやはり増えない。結局釜石まで乗り降りはほぼ0であった。
釜石からJR山田線に入る。山田線は盛岡〜宮古間の山線区間と宮古〜釜石間の海線区間に分けることができ、山線区間が日本有数のローカル線であるのに対して海線はそれなりに沿線に活気があり、盛岡行きの快速「はまゆり」も宮古から山線を経由せずにわざわざ釜石・遠野回りで運転されている。乗客も少し増え、多少車内に活気が出てきた。速度は落ちたがその分海岸線や街を堤防で囲った三陸独特の風景を見ることができるため旅行者には嬉しい。こまめに客が入れ替わり、海が離れるとしばらくして宮古に到着。宮古は浄土ヶ浜などの観光名所もあり、以前自分も訪れたことがあるが街にも活気があった。しかし駅前も賑わってはいるものの、メインルートである盛岡方面への移動はバスのほうが圧倒的に利便性が高く、おそらくほとんどの人はバス利用者と思われる。
宮古でほとんどの客が降りてしまい、釜石以前より少ない客を乗せた列車は高架線を駆け上がり三陸鉄道北リアス線に入る。先程までののんびりとした走りから一変、再び直線とトンネルが連続する高規格線をフルスピードで飛ばしていく。北リアス線は沿線に北山崎・岩泉などの観光地を抱えているが、それ以上に人口が少ないため南リアス線以上に状況は厳しそうだ。小本や島越で観光客が数人乗車してきたが、おそらく定期的に利用していると思われる客はいなかった。しかし南リアス線より海岸に近い所を走るためトンネルの合間に見える景色はかなり良く飽きさせることはない。そして驚いたのは普代から車内販売の人が乗車してきたことだ。この乗客の数でもちゃんと車内を巡回するのは感心してしまう。列車はやがて長らく続いた高架線を駆け下りて久慈駅に到着、163キロの長距離を定刻で駆け抜けた。しかしやはり経営は厳しいようで、去年沿線自治体が三陸鉄道への支援を表明した。乗客が少ないとはいえ交通事情の悪い三陸においては不可欠な交通インフラである。この支援をバネにしてうまく活気を取り戻してほしいものである。
「鉄橋より三陸リアス式海岸を眺める」

連絡通路からスムーズにJR八戸線に乗り換えることも可能だが、自分は一旦改札を出る。その理由が盛駅で行った昼飯確保のための電話だ。久慈駅には有名な駅弁「うにめし弁当」があり、製造数が少ないということでそれを一つキープしてもらっていたのだ。待合室横で営業している駅そば屋のおばちゃんにその旨を伝えると笑顔で「そろそろ来る頃だと思ってましたよ」と言われ、わざわざ作りたての弁当を選んで出してもらった。お礼を言ってJRの駅舎へ。改札を通って早速八戸線の列車へ。停車している列車は「うみねこ」という愛称がついた車両。車内がリクライニングシートに換装されており利用客には好評のようだが一部窓と座席があっていないためあまり自分は好きではない(とか言いつつ座席をリクライニングさせて満喫しているわけだが(笑))。久慈駅を出るとすぐに人工物は消えて山の中を進む。速度も上がらず非力なキハ40系はかなり苦しそうである。さて、のんびり走っているうちにうにめし弁当を食べることにしよう。開けてビックリ、ご飯の上にうにがびっしり敷き詰められている。量はそこまで多くないが、これで1000円なら駅弁としてはかなり優秀だ。早速いただきます・・・うまい。ウニ好きな自分には至福のひと時であった。
食べ終わる頃に列車は山を抜け、目の前に美しい海岸線が広がった。陸中八木で交換待ちということで外にでて写真を撮ったりと息抜き。その後も鮫駅手前までひたすら海岸線に沿って走る。鮫からは八戸市内を高架線で進んでいく。先程までとは一変、車内もローカル線から市内線の雰囲気に。やがて八戸貨物ターミナルが見えてくると終点の八戸に到着。三陸ルートは時間がかかるうえに見所が少なそうなので今まで敬遠していたが、とても見応えのある車窓であった。今回は生憎の曇りだったが是非晴天の時にも乗ってみたいものだ。
「海岸沿いに進む八戸線」

八戸からは東北本線から第3セクター化された青い森鉄道・いわて銀河鉄道へ。この区間はもう何度も通っているが、実は全て北斗星で深夜に通過しているため景色を見ることができていない「名目上完乗区間」であった。現在使用している東日本・北海道フリーパスなら追加料金なしで乗車できるため折角だから乗ってみることにしたのである。盛岡〜八戸間は東北本線で一番線形の悪い区間と言われるだけあってなかなか厳しい地形の中を進んでいく。しかし東京と東北を結ぶ一大幹線なのでそこらのローカル線に比べればよっぽど走りやすいだろう、列車もほとんどの区間でフルスピードを出している。水田と山の長閑な風景はまさに東北だ。新幹線と何度もクロスしながら青い森鉄道といわて銀河鉄道の境界駅である目時を過ぎて岩手県へ。徐々に客が増えてきた。途中のいわて沼地内は新幹線との乗換駅だがほとんど下車客はなし。おそらくほとんどの人は本数も増えて利便性の高い盛岡で乗り換えるのだろう。となるとここに駅を作った意味はあるのだろうか・・・。花輪線との分岐駅である好摩を過ぎて次の滝沢で自分は下車。やってきた花輪線の快速「八幡平」で花輪線へ進む。
好摩から花輪線に入り、単線を軽快に飛ばす。かなり混みあっていた車内も大更でだいぶ空いた。ちょうどボックスシートが空いたので座って景色を楽しむ。松尾八幡平を出るといきなり景色が山深くなった。車内でも登っていることがはっきり分かるくらいの急勾配だ。JR世代のキハ110系でもこの登り坂はかなり苦しいようで、ゆっくりした速度で木々の間を進んでいく。ふいにエンジンの音が止むと今度は急な下り坂になった。運転士に高度なスキルが要求される路線のようだ。細かなアップダウンを繰り返しながら荒屋新町・鹿角花輪と過ぎ十和田南に到着。ここで列車の進行方向が変わるため少々停車する。外に出てみるとずいぶんと涼しかった。車内もかなり空いてきたので八戸駅で購入した夕飯の駅弁を食べながらまったり。やがて列車は大館の街をなぞるようにカーブしながら奥羽本線の線路をオーバークロスして大館に到着。到着したものの、乗り換えまでに2時間程ある。とりあえず上りの寝台特急「あけぼの」を撮影してから再び花輪線の列車に乗り込んで一つ手前の東大館で下車。さっき乗車していた時に駅の近くにコンビニがあったのを発見していたため、明日の朝食などを買い込み再び折り返して大館に戻った。
「寝台特急あけぼの」

弘前行きの普通列車に乗り込む前に寝台特急「日本海」を撮影しようと思ったのだが、時間になっても列車がやってこない。待っているうちに発車3分前になってしまったのであわてて乗車。なにかあったのかと思っていたら碇ヶ関付近ですれ違った。車両トラブルでもあったのだろうか。弘前から普通列車に乗り換えると、おそらく自分と同じ札幌行き夜行急行「はまなす」に乗り換えると思われる客が大勢乗車していた。これは結構混みそうだな・・・と嫌な予感がしていたのだが、青森駅に着いた瞬間その嫌な予感は現実のものとなってしまった。「はまなす」の自由席は後2両。ダッシュで向かってみると座席どころか通路まで人で埋まるほどの混雑。室内にすら入ることもできず、高校の時の大垣夜行以来のデッキ座りに。デッキにも当然人が溢れており、なんとかスペースを作って縮こまっていると隣の旅行客と話になった。長万部から乗り換えて倶知安経由で小樽へ向かうらしい。そのまま列車最後部で結局長万部到着までひたすら話し込んでいた。長時間立っていたので足は疲れたが、全く退屈しなかった。こういった一期一会も旅の魅力だと思う。
「深夜の木古内駅」

とりあえず少しでも寝ておかないと次の日に支障が出そうなので仮眠をとることにしよう・・・
7月17日:
気仙沼(6:53)→大船渡線普通323D→盛(8:02/8:53)→三陸鉄道南リアス線5207D〜山田線5641D〜三陸鉄道北リアス線5111D→久慈(12:44/12:51)→八戸線442D→八戸(14:45/15:07)→青い森鉄道・わいて銀河鉄道普通4532M→滝沢(16:38/16:56)→花輪線快速「八幡平」3937D→大館(19:16/19:57)→普通942D→東大館(20:02/20:40)→普通1939D→大館(20:45/21:08)→奥羽本線普通675M→弘前(21:50/21:55)→普通679M→青森(22:39/22:42)→津軽海峡線・函館本線・室蘭本線・千歳線急行「はまなす」→苫小牧(5:01)
次回は7月19日です。長距離鈍行で果てへ。